多鯰ヶ池 : 出艇地:駐車場(Google) 広域:国土地理院地図 歴史:古代地図
多鯰ヶ池 : 駐車場(Google)
↑ 多鯰ヶ池 ← なまず(鯰)が多い池(:多かった池)多鯰ヶ池:鳥取砂丘の背後に位置し、森に囲まれて透明度の高い水をたたえ、鳥取砂丘の起伏の大きな景色と好対照をなしている。池の周囲3.4km、面積は24.8ha、最深部の水深は15.1mで、中国地方最深の池である。透明度は3-4mある。山地に面した南東側は湾入部の多い複雑な地形だが、砂丘に面した北西側は直線で、砂丘から急斜面で最深部に達している。
流入河川も流出河川もない閉鎖水域で、珍しい貧栄養湖のため、特殊な動物相を有し、貴重な生態系をみせていた。しかし、1980年代にオオクチバスが侵入し、貴重な生態系は破壊されてしまった。
多鯰ヶ池の研究 : 但馬往来(灘通り、中道通りと湯山池・細川池、摩尼寺を経由する山道通り
湯山池 は江戸時代から昭和にかけて干拓が行われて農地となり、池としては現存しない。湯山池一帯はかつては海とつながる入り江で、池畔にあたる地域からは縄文時代から奈良時代に至るまでの様々な遺跡が見つかっている。中世の記録では潟湖になっており、水産物の豊富な池だった。潟湖は西側の「上池」と東側の「下池」という2つの水域に分かれており、上池と下池は小さな川で繋がっていた。江戸時代には、上池を湯山池、下池を細川池と呼ぶようになっていた。「湯山」という地名は、かつてこの辺りに温泉があったことによるとされている。
近世に埋め立てが始まったが、砂丘の影響で干拓は思うように進まず、完全に埋め立てられて水域が消滅したのは昭和30年代である。現在は二級河川の塩見川の支流、江川の上流域にあたり、埋め立てによって海抜4m程度の低地になっている。浜湯山から西へ峠を越すと多鯰ヶ池がある。